東京地方裁判所 平成元年(ワ)422号 判決 1989年9月26日
甲事件原告兼乙事件原告 廣川恒吾
右訴訟代理人弁護士 水谷勝人
甲事件被告兼乙事件被告 廣和興業株式会社
右代表者代表取締役 伊多波充
右訴訟代理人弁護士 青木秀樹
主文
一 被告廣和興業株式会社が昭和六三年八月三〇日にした額面普通株式四万株の新株発行を無効とする。
二 被告廣和興業株式会社が昭和六三年一一月六日にした額面普通株式四万株の新株発行を無効とする。
三 訴訟費用は、被告廣和興業株式会社の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 甲事件
1 請求の趣旨
(1) 主文第一項と同趣旨
(2) 訴訟費用は、被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。
二 乙事件
1 請求の趣旨
(1) 主文第二項と同趣旨
(2) 訴訟費用は、被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二争いのない事実
一 甲事件被告兼乙事件被告(以下、単に「被告」という。)は、昭和四二年四月一日に設立された株式会社であり、昭和六三年七月末現在の被告の発行済株式の総数は、四万株であった。
二 昭和六三年七月末日当時の被告の株主は、次のとおりであった。
1 甲事件原告兼乙事件原告 一万五〇〇〇株
2 廣川スミ 五七〇〇株
3 廣川卓 三六〇〇株
4 東京ビルサービス株式会社 一万三七〇〇株
5 伊多波充(現被告代表取締役) 一〇〇〇株
6 塩浦雅彦(現被告取締役) 一〇〇〇株
三1 甲事件原告兼乙事件原告(以下、単に「原告」という。)は、昭和六三年七月二九日、伊多波充との間で、原告が被告の代表取締役を辞任して、被告の経営を伊多波充に委ね、原告及びその縁故者の有する前項1ないし4の株式(以下「原告保有株式」という。)は、その後の話し合いによって、価格その他の売買条件を決定し、伊多波充が買い受ける旨の合意をした。
2 そこで、原告は、昭和六三年八月一日に被告の代表取締役を辞任し、同日、被告の取締役であった伊多波充が代表取締役に就任した。
四1 被告は、昭和六三年八月三〇日、額面普通株式四万株を発行した(以下、この新株発行を「本件新株発行(1)」という。)。
2 右新株は、全部、伊多波充が額面にて引き受け、その株主となった。
五1 被告は、昭和六三年一一月六日、額面普通株式四万株を発行した(以下、この新株発行を「本件新株発行(2)」という。)。
2 右新株は、全部、伊多波充が額面にて引き受け、その株主となった。
3 本件新株発行(2)については、商法第二八〇条ノ三ノ二に規定する新株発行事項の通知及び公告をしていない。
六 原告と伊多波充との間では、現在まで、原告保有株式の買取価格その他の売買条件について、合意が成立していない。
第三争点
一 原告の主張
1 被告は、本件新株発行(1)についても、商法二八〇条ノ三ノ二に規定する新株発行事項の通知及び公告をしていない。
2 本件新株発行(1)(2)は、被告の純資産からして、明らかに、株主以外の者に対する特に有利な価額による新株発行に当たり、株主総会の特別決議による必要があった。
3 よって、原告は、被告の株主として、本件新株発行(1)(2)を無効とすることを求める。
二 被告の主張
1 被告は、昭和六三年八月二日、左記の趣旨の文書を各株主に発送し、その文書は、翌日ころ、各株主に到達した。
「昭和六三年八月一日の取締役会で当社資金調達のため、枠内一杯の増資を決定いたしました。ぜひとも、増資に御協力下さい。
代表取締役 伊多波充」
2(1) 東京ビルサービス株式会社は、被告会社の事務所の一角を使用しており、原告は、その代表取締役として、本件新株発行(1)を決定した被告の取締役会が開催された際(昭和六三年八月一日)、そこに居合わせたので、本件新株発行(1)に関する事項を知った。
(2) 被告の株主のうち、廣川スミは原告の妻、廣川卓は原告の甥であって、実質的には原告が株主であった。また、株主である東京ビルサービス株式会社の代表者は原告である。
(3) 被告の株主のうち、伊多波充、塩浦雅彦は、本件新株発行(1)を決定した取締役会の構成員であった。
(4) したがって、昭和六三年八月初めころには、全株主が本件新株発行(1)を知ることとなった。
3 本件各訴えは、原告が、伊多波充との間で、原告保有株式の買取交渉を有利に進めるために提起したものであって、経営を委譲し、かつ、株式の買取りの合意をしている原告にとってはなんの利益もないものである。したがって、本件新株発行(1)(2)の無効の主張は、権利の濫用に当たり許されない。
第四争点に対する判断
一 《証拠省略》を総合すると、本件新株発行(1)についても、商法第二八〇条ノ三ノ二の規定による株主に対する新株発行事項の通知も公告もなされなかったことが認められる。
二 次に、被告代表者は、被告の主張第1項の主張に符合する供述をするが、右供述は、これと完全に相対立する原告本人の供述に照らし、採用することができない(経営を委譲した上、保有する全株式を伊多波充に譲渡する予定であった原告に、被告が出資勧誘の文書を送付するとは到底考えられない。)。
また、《証拠省略》によると、原告は昭和六三年八月一日以降も東京ビルサービス株式会社の代表取締役として被告事務所において勤務していたこと、原告の執務場所からして被告事務所において取締役会が開催され、その場に原告が居合わせた場合には、その内容を知り得る状況にあったことが認められるが、本件新株発行(1)を決定した取締役会が開催されたことも、その場に原告が居合わせたことも、これを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告が本件新株発行(1)を事前に知っていたとすることはできず、また、第二の二の2ないし4の株主が知っていたとすることもできない。
三 ところで、商法第二八〇条ノ三ノ二の規定する新株発行事項の通知・公告の制度は、株主に同法第二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止めの機会を与えるために必須の制度であって、この通知・公告がない場合には、特殊な事情に基づき、他の経路で新株発行の予定を知ったときを除き、株主はほとんど新株発行の差止めをすることができないことになる(本件新株発行(1)についていえば、新株発行前の被告の株式の価値は少なくとも一株一五〇〇円程度であったにもかかわらず〔《証拠省略》による。〕、額面の五〇〇円で新株が発行されている。ほぼ、同様のことは本件新株発行(2)についてもいえるところである。このことから明らかなように、原告は、通知・公告を欠いたことにより、違法な新株発行の差止めをする機会を奪われたことになる)。したがって、そのような重要な通知・公告を欠いた新株発行を有効とするときは、商法が、事前救済の方法として、株主のために新株発行差止めの制度を設けた趣旨を没却することになり、ひいては、株主に対し権利救済の道を閉ざすことになるといわなければならない(株主は、取締役に対する損害賠償請求の訴え、不公正な価額で株式を引き受けた者に対する責任追求の訴え等により事後的に救済を求めることもできるが、それらの訴訟においては、多大な時間、労力、費用等を要する上、損害賠償額等についての立証の困難から、充分な権利救済がされるとは限らない。)。したがって、新株発行事項の通知・公告を欠く場合には、特別の事情により株主が差止めの機会を有していたと認められるときを除き、当該新株発行は、重大な瑕疵があるものとして、これを無効とすべきである。
よって、前示のように新株発行事項の通知・公告を欠く以上、本件新株発行(1)(2)は、これを無効とすべきことになる(なお、本件においては、特別の事情により株主が新株発行差止めの機会を有していたと認めるに足りる証拠もない。)。
四 なお、原告は、伊多波充に対し、昭和六三年七月二九日の時点で、自己の保有する株式を近いうちに同人に売り渡す旨約しているが、《証拠省略》を総合すると、その合意の趣旨は、売買価格その他の条件について合意が成立すれば売り渡すとの域を出ないものであったことが認められるので、この合意が履行されないときは、原告において、合意を破棄し、株主としての権利を行使する必要があることは明らかである。そして、その場合に本件新株発行(1)(2)を有効とすれば、持株割合の低下という点に限ってみても、原告の利益が著しく損なわれることは明らかである。したがって、原告が本件新株発行(1)(2)の無効を主張することをもって権利の濫用に当たるとすることはできない。
第五結論
以上において判示したところによると、原告の請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡久幸治)